【JKT48】ファンの間で伝説とされる仲川遥香が卒業発表!その人気と人柄、推測される理由とは?【はるごん】

      2017/11/22

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どうも、☆hiroking☆です。朝起きたらとんでもないニュースが!

 

何とJKT48の仲川遥香さんが卒業発表をされました。それもJKT48を卒業してAKB48に戻るのではなくて、AKBGからの完全卒業ということだそうです。

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いや~、ブログ開設当日で実質初記事でこのニュース!ヤバいです。(笑)

何故かと言うと初回に書いた自己紹介記事にも書いてないんですが…、

 

☆hiroking☆はブレイク直前の2010年春からのファン歴6年のバリバリのAKBGファンだからです!

 

いや、とは言っても握手会や公演、コンサートにも1回も行った事のない所謂在宅ライトファンってやつですが。

ただこれだけは言わせて下さい!今、この瞬間世の中のブロガー達はこぞってこのニュースバリューに飛びついてると思いますが、伊達に6年もファンをやってないので、慌てて得た知識で書いた他の記事よりは彼女の事を濃密に紹介出来る自信はあります!(←大丈夫か?)

では行ってみましょう!(見切り発進)

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AKB48在籍時の経歴

最初にお断りですがどこにでも書いてある事はさらっと流して、ファンしか知らない情報を詳しく書いていきますね?(笑)

 

2006年12月、AKB48追加メンバー(3期生)オーディションに合格、同期は渡辺麻友、柏木由紀らそうそうたるメンバー。翌年4月チームBメンバーとして劇場デビュー、2008年芸能事務所『プロダクション尾木』入り、ユニット結成。2009年1月4人で結成されたグループ内ユニット『渡り廊下走り隊』としてCDデビュー。

 

そして2010年、第2回選抜総選挙にて20位にランクイン。涙の初選抜となります。(ちなみにこの時相当お顔がパンパンです・笑)この当時は今と違い選抜メンバーは21人でした。

 

大ブレイクしたヘビーローテーションの選抜メンバーに入った勢いそのままに、その秋に行われた初めてのじゃんけん大会でみるみる勝ち進みまさかの4位!

しかし2011年、2012年の総選挙では24位、44位と目に見える下降線を辿っていってしまうのです。ちなみに2012年2月に喉の手術をするも1ヶ月ほどで復帰してます。(元々が結構なガラガラ声だったりはします・笑)

 

そしてその年の8月、初めてのAKBG東京ドームコンサートの大幅な組閣にて6期生メンバーの高城亜樹と共にJKT48への移籍が発表されます。ちなみに後の秋元康氏の話をまとめると今現在に至るまで、メンバー発信の移籍は仲川遥香ただ一人らしいです。ほとんどが秋元康氏か運営からの提案なので。

ちなみに移籍の理由はその少し前に行ったAKB48のジャカルタ公演で、現地のファンの盛り上がりに感動したからだそうです。

 

その少し前指原莉乃さんが総選挙直後にとある事情で(笑)HKT48に移籍、新天地で頑張る指原さんを見てうらやましいと思った彼女と秋元康氏の会話がこれです。

 

『ずるいですよ、私もジャカルタに移籍したいです!』

『!!!か、海外か?』

 

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天真爛漫な愛されキャラとJKT48へ移籍後の人気

さて彼女の人柄ですが、どのメンバーやファンに聞いても大体口を揃えて言うのが『尋常じゃないコミュ力の高さ』です。

 

元々童顔に加えて、人なつっこい天真爛漫な妹キャラ。愛され力がハンパないんですね?ただし10代の頃はホントに性格が子供で、泣き虫キャラの上にムラッ気もあったようで握手会で塩対応という評判があったのも否めない事実です。第1回のじゃんけんリアルの動画を見ると周りのメンバーが彼女を『赤ちゃんのように可愛い』がっていて、本当に無邪気な小学生のようで微笑ましいです。

 

そうそう、それと彼女の意外なスキルにも触れておこうと思います。彼女はダンスは経験がなく加入当初は劣等生でした。3期生を中心とした初代チームBの公演のオープニングナンバーの『初日』の歌詞はメンバーの当時の苦悩を歌ったものですがその中に『一人だけ踊れずに 帰り道泣いた日もある』とあるのは彼女を歌ったものなのです。

 

それでもそのダンススキル不足を補うものが彼女にはありました。抜群の運動神経と丈夫なフィジカルです。

 

小学生の頃は男子に混じって野球チームに所属、4番でサードだった時もありました。(女の子でこれは凄くないですか?)中学ではソフトボール、バレーボール、陸上部を掛け持ちするスポーツ万能少女!

AKB時代に神宮球場で始球式を務めた時は選手もビックリ、ノーバウンドでしかもストライク投球というアイドルとしてはまずありえない投球をし会場を沸かせました。

 

そして、2012年11月にJKT48へ移籍、12月には公演デビュー。持ち前のコミュ力でとんでもない速さで現地に馴染みインドネシア語をみるみるマスター。現地育ちの2人の日本人メンバーが先生となり、TwitterとFacebookも12月にすぐ開始しています。

 

JKT48もみるみる人気が上がり、色んなテレビCMに使われ、バラエティー番組にも引っ張りだこに。

そして、ここで彼女の物怖じしない天真爛漫キャラがインドネシアのテレビ界で大当たり!

それまでインドネシアでは、日本では何人もいる女性面白タレントという枠が存在してませんでした。彼女が初めてでそれも愛嬌たっぷりの弄れるアイドルなんですから人気が出るのも当然でした。

 

その後昨年あたりでは司会者が休みの期間代理MCまで任されるようになり、今ではなんと平日の毎日のゴールデンの帯番組(!)のトークショーのレギュラーまでやっているのです!

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2013年、日本と同時発売された『恋するフォーチュンクッキー』で初センターを任され、2014年のJKT48選抜総選挙では3位に、2015年では2位となり、日本と共同制作している特撮ヒーロードラマにもレギュラー出演していて、今出ているCMの数は何と20本!

 

ちなみにインドネシアは人口は2億5千万人、国民の平均年齢は驚異の29歳!というマーケットとしては希望しかない最高の環境です。ファンの熱さも日本のそれとは比べ物にならないです。

いったいどうしちゃったの?っていうぐらい盛り上がってます。(笑)

 

そんな中でインドネシアで初めて出来たパイオニアのアイドルグループの顔な訳です!日本のファンの中にはこう言う人もいます。

 

はるごんは、立ち位置的には日本で言うボビーオロゴンのような面白外国人枠でいながら、指原莉乃のバラエティー能力と前田敦子のカリスマアイドル力と大島優子の元気さ身体能力を併せ持った伝説の最強アイドルだ!と。

 

僕もそう思います、言い過ぎではないと思いますね。

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そして、今回の卒業理由とは?

これは結局個人の推測の域を出ないんですが、上記の人気を見る通り彼女はもう日本では今やいない80年代の全盛期のアイドルと同じかそれを上回る大スターな訳ですよ、あちらでは。

 

なので、単純に人気があり過ぎる為にもう十分なグループ活動が出来ない(事実最近ではほとんど公演などに出れていなかったようです)、年齢も24歳、このままインドネシアでタレントや女優活動していく上で何の不安もない故の

本当の意味で誰もが祝福できる円満な卒業と言えるのではないでしょうか?

 

彼女がJKT48を卒業しても日本に帰ってこない事は僕も彼女が大好きなファンも分かっていました。

インドネシアで彼女を支持するファンは大好きな理由をみんなこう言っていたからです。

 

『インドネシアを心から愛してくれているから。』

 

彼女は最初からその覚悟が他のメンバーとは、いや全ての日本人と比べても違っていたのですから。

 

いかがでしたか?不慣れな拙い文章に長々お付き合い頂いてありがとうございました。

以上☆hiroking☆でした。

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